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by missiontomars

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『ろくでなし啄木』の巻

今月1日、三谷幸喜脚本演出の舞台、「ろくでなし啄木」を観劇してきました。

 昔、同じく三谷さん脚本演出の舞台「12人の優しい日本人」を見に行き、
文句無しに大満足して以来、是非また三谷作品を観劇に行こうと思っては
いたのですが、なかなかチケットを取る事ができず、今回久々の観劇となり
ました。
 見逃してしまった舞台に関しては、これからDVDでも購入する予定です。
(当然、生の観劇の方が圧倒的に良い訳ですが、まあしょうがないですね。)

「ろくでなし啄木」ですが、もちろん今回も非常に満足の内容でした。
演劇のチケットは、それなりに良い値段取られる訳ですが、その価値は
十分にありますね。

 公演時間は、休憩をはさんで約3時間近くあり、それなりに長時間なのです
が、それを全く感じさせないあたりはさすがです。

 内容としては、簡単に言えば、藤原竜也演じる若き日の石川啄木と、三角
関係を巡って彼に翻弄される男女(吹石一恵、中村勘太郎)の物語と言った
ところでしょうか。

 前後半がはっきりと分かれる構成になっていて、休憩を挟んでの後編では、
前半で演じられた部分の裏側で起きていた事を、明らかにしていく構成に
なっています。これがまた面白い。

 我々観客は、前編において自然な形で、いつの間にか張られていた伏線に、
後編になって気づきます。これがまた爽快。

 三谷作品の舞台と言うと、場面転換が少ないのが一つの特徴ではないかと
思いますが、今回の作品は割と頻繁に場面展開が行われます。
特に後半は矢継ぎ早に場面転換がありますが、その方法がなかなか
スマートです。

他にも、色恋沙汰があったり、「ほっこり暖かい気持ちになるラスト」と言う感じと
は、またちょっと違う結末であったりと、これまでの三谷作品の主だった傾向とは、
ちょっと異なる部分が散見されます。

とは言っても、もちろん、その根幹には三谷さんらしさを感じました。

 今年の三谷さんは、なんと一度に「演劇4本、映画1本、小説1本、
テレビドラマ1本」を手がけるらしい。モノ凄い創作バイタリティーです。

その内、舞台の次回作「国民の映画」のチケットについては、運よく先行
抽選販売に当たったので、無事見に行く事が出来そうです!
楽しみだ~。


何はともあれ、「ろくでなし啄木」お勧めです。興味がおありの方は是非! 
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by missiontomars | 2011-02-14 21:26 | 感想・レビュー関連
 思わぬ所から盛り上がり(?)を見せている、大相撲の八百長問題ですが・・。
まあ、こんなものはどう考えたって、昔からずっとあったのでしょう。
 放駒理事長は謝罪会見にて、「過去には一切なかった。」と断言しましたが
あまりにも白々しいウソで、あんな事を言いながら「完全に膿を出し切る。」と
言われても、正直なんの説得力もありません。
 大体、野球賭博騒動の時も同じ事を言っていたではないか・・

一応、その時の理事長の武蔵川よりは、まだ何とか信頼できそうな人物では
ありますが。

 しかし、証拠がはっきりと残る携帯メールで八百長のやり取りをするとは、馬鹿
なんじゃあるまいか・・こんな事を言ってはなんですが、そんなものは証拠の残ら
ない口約束ですると言うのが、暗黙の了解なんだろうと思っていた訳ですが・・・。

 まあ、逆に言えば八百長と言うものが、それだけ日常茶飯事の当たり前の光景
になっていた事の証拠ではないかと思わざるを得ません。

 この八百長問題については、「もともと相撲とはそういうもの。そんな事は
分かった上で、暗黙の了解として楽しむのが大相撲の見方だろう。」と言う意見も
ありますし、もちろん「昔ならともかく、今の時代そんな不正が許される訳がない。
スポーツとしての根幹を揺るがす問題であるし、まして大相撲協会は公益法人では
ないか。」と言った意見もあります。
 
 僕はどちらかと言うと後者よりですが、前者の考え方も、まあ分からないではない
と言った感じで、正直かなり曖昧な立場です。。

 ただ、一つ言えるのは、世間の空気を後者の側に傾かせた最大の要因は、実は
相撲協会に自身にあったのではないかと言う事です。

 かつて、週刊現代が大相撲の八百長問題についての連載をした時、大相撲協会は
発行元の講談社を相手取り、「八百長など一切存在しない。」と言う立場の下、損害
賠償訴訟に踏み切りました。

 結果として裁判には勝訴しましたが あくまで八百長を「暗黙の了解」としておきたい
のならば、協会は週刊誌が何を書こうが、一切相手にするべきではなかったのでは
ないでしょうか。

 他ならぬ相撲協会自身が、八百長の存在を訴える週刊誌を相手取って、よりに
よって裁判と言う場において戦いを挑み、その法廷に現役力士が立ってしまった。

 その時点において、もはや「暗黙の了解」ルールは完全に崩れ去ってしまった、、
その様に感じます。

 調査委員会は、問題のメールの中で名前の挙がった他の力士についても、携帯を
提出させた上で、メールなどを調査する方針のようですが・・。
 警視庁と違って、削除されたメールを復元する権限を持たない組織が、そんな事をした
所で何になると言うのでしょう。

 まして、力士全員取ったと言うアンケートなど、学校にて行われているいじめの実態
調査アンケートはあるまいし、どちらにしても「一生懸命調査してます。」と言うアリバイ
作りをしているようにしか見えません。

 本当に膿を出し切ると言うなら、八百長の存在を認め、過去のモノまで含めて、白日の
下にさらすしかありませんが、そんな事はどう考えても不可能でしょう。

 果たして、どのような「うやむやの調査結果」が発表されるのか。
もはや、そんな曲がった楽しみ方をするしかない、地に落ちた大相撲界なのでした。

 ところで、今回の一件でどこも話題にしていませんが、そもそも警視庁は、何故文科
省に、「八百長を匂わせるメールがある。」などと報告したのでしょうか??

 元々、賭博問題で押収した携帯であった上、、八百長問題については、その善悪の
判断はともかくとしても、少なくとも、法的な犯罪行為ではないと言うのが他ならぬ警視庁
自身の判断な訳です。(確かにその通りでしょう。)

 だったら、文科省に報告する義務も道理もないはずなのではないでしょうか?

今回の一件で僕が一番分からないのはそこです。

(今回は、今月1日に見に行った三谷幸喜脚本演出の舞台、「ろくでなし啄木」に
ついて書くつもりでしたが、次回に回します。)
 
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by missiontomars | 2011-02-07 17:35 | 社会の話題